徳佐 八幡宮   阿東町大字徳佐中

徳佐市を中心とした市街地の東方荒神山に鎮座し、宝清山八幡宮
とも称した。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后などで、寿永元年
(1182)豊前国字佐八幡宮(現大分県宇佐市)から8月17日大内満盛公
が徳佐住民の要望により当地に神霊を御移し奉祀した。旧県社。
社殿は古宮山とよばれる地にあったが延宝7年(1679)に焼け、その後、
領主が毛利氏に代わっても氏子と共に崇敬厚く社領を献じ社殿を造営
した、現在の社殿は天明8年(1788年)毛利綱広公の造営され現在の
地に遷座。
参道(360m)の古い枝垂れ桜は文政8年(1825年)の植樹で昭和9年に
文部省より天然記念物に指定された由緒の桜並樹で現在阿東町
教育委員会より、文化財の指定を受けている。
大正9年(1920年)県社に列格、昭和21年宗教法人として神社本庁に
所属した。
 また祭礼には獅子・田楽・流鏑馬・相漢があり、それぞれに免田が
あったことも記される。
「注進案」によれば、祭礼は3月15日・16日、8月20日・21日
で、車踊
という芸能を奉納したという。
現在、9月27日には字羅子解願祭が行われ、夜には神楽も奉納される。