忌宮神社
 長府地域のほぼ中央に位置し、東方に周防灘を望む小高い
丘に鎮座する。
正面の烏居を入ると鬼石が横たわり、
一段高い所に社殿が建
ち並び、本殿を挟んで左に若宮神社、右に高良社がある。
すへて南面。社殿の後方は楠など社叢となっている。

祭神は仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。旧国幣小社。     
社伝によれば、仲哀天皇が熊襲平定のため豊浦宮を興して
七ヵ年間政務を執った旧跡にあたる。天皇は筑紫で没し、
神功皇后は遺骨を豊浦宮に残して新羅出兵。
のち天皇の霊をこの地に祀ったのに始まる。
聖武天皇の時神功皇后を祀り忌宮と称し、さらに応神天皇
を祀り豊明社とした。
のちこの三社は忌宮をもって代表的よばれるようになったという。    
この頃すでに住吉神社の一宮に次いで二宮と称されていた。
中世、この忌宮神社が武士の厚い尊敬を受けたことは、
当社に残る関東御教書をはじめとする多くの文書からうかがえる。
延慶二年(1309)の火災に際して幕府より同年4月、御教書を
下して造営を進め、さら同11月にも御教書を下して長門国中に
段別米・銭をかけ、造営をするよう守護に命じている。

(長門二宮忌宮神社文書)
又嘉暦3(1328)の火災にも幕府よりの御教書が下され造宮され
ている。
             平凡社 日本歴史地名大系36より